エンジニアリングとお金の話

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圧倒的な努力の正体が分かった

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見城徹さんの読書という荒野を読み終えた。

読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)

大物作家の編集者として苦楽を共にした人だからこそ書ける文章で学ぶことが多い本だった。作家という人種はいい意味で癖が強い人が多いのだがその癖の強さを全て受け入れ、作者の力を引き出していく見城徹さんの仕事の仕方は圧倒的で多くのビジネスマンが得るべきスキルと考える。

色々と刺激的な文章が書かれているのだが、一番自分の中でヒットしたのは圧倒的な努力の正体が分かったことだ。多くの著名人が言う圧倒的な努力。ただ、言葉とは裏腹に実際どのような事を圧倒的な努力と言うのかは良く分からずにいた。見城徹さんの言う圧倒的な努力とは

圧倒的努力とはそういうことだ。人が寝ているときに眠らないこと。人が休んでいるときに休まないこと。どこから始めていいかわからない、手がつけられないくらい膨大な仕事を一つひとつ片付けて全部やりきること。それが圧倒的努力だ。

である。つまり、圧倒的な努力とは寝ずに休まずに膨大な量の仕事をさばくことだ。今まで自分の中で曖昧だった言葉が定義付けられたのは大きかった。自分も圧倒的な努力をして結果を残して行きたい。

読書という荒野のメモ

自己検証、自己嫌悪、自己否定の三つがなければ、人間は進歩しない

 

本を読めば、自分の人生が生ぬるく感じるほど、苛酷な環境で戦う登場人物に出会える。そのなかで我が身を振り返り、きちんと自己検証、自己嫌悪、自己否定を繰り返すことができる。読書を通じ、情けない自分と向き合ってこそ、現実世界で戦う自己を確立できるのだ。

 

僕が考える読書とは、実生活では経験できない「別の世界」の経験をし、他者への想像力を磨くことだ。重要なのは、「何が書かれているか」ではなく、「自分がどう感じるか」なのである。

 

人間が何かを達成するには地獄の道を通らなければならないということだ。どんな美しい理想を掲げても、実際に成し遂げるためには数多の苦しみ、困難がある。何かを得るためには、必ず何かを失う。代償を払わずして何かを得ることは不可能だ。この考え方は、現在に至るまで僕の根本に位置している。

 

理想を持つことは、すなわち自分の一生をどう生きるかという命題にもつながる。そこを真剣に考えずして大人になった人たちは、どこか薄っぺらい気がする。そういう人たちが使う「理想」という言葉が僕は大嫌いである。

 

感想こそ人間関係の最初の一歩である。結局、相手と関係を切り結ぼうと思ったら、その人のやっている仕事に対して、感想を言わなければ駄目なのだ。しかも「よかったですよ」「面白かった」程度では感想とは言えない。その感想が、仕事をしている本人も気づいていないことを気づかせたり、次の仕事の示唆となるような刺激を与えたりしなければいけない。

 

表現とは結局自己救済なのだから、自己救済の必要がない中途半端に生きている人の元には優れた表現は生まれない。ミドルは何も生み出さない。想像力は、圧倒的に持つ者と、圧倒的に持たざる者の頭のなかにこそ生まれるのである。

 

旅の本質とは「自分の貨幣と言語が通用しない場所に行く」という点にある。貨幣と言語は、これまでの自分が築き上げてきたものにほかならない。それが通じない場所に行くということは、すべてが「外部」の環境に晒されることを意味する。

 

現実の我々は、死に向かって一方通行に進んでいる。明確な期限が定められているからこそ、限られた時間の生産性を高める必要が生じ、貨幣や法律といった社会システムができた。同時に、死の恐怖はさまざまな作品や思想をもたらした。我々が生きている世界は、死によって規定されていると僕は考える。